- 別れ話
- 恋人同士
- 敬語
- 少女
- 後輩
公開日2026年05月16日 11:06
更新日2026年05月16日 11:06
文字数
2326文字(約 7分46秒)
推奨音声形式
モノラル
推奨演者性別
女性演者向け
演者人数
1 人
演者役柄
後輩
視聴者役柄
先輩
場所
部屋
あらすじ
引っ越し前夜、貴方(聞き手)の部屋には、最後のダンボールだけが残されていました。
後輩は、貴方が新しい街へ行くこと、そして「これを機に距離を置こう」と告げたことを、静かに受け入れます。
五年分の観察で、貴方の習慣も、逃げ方も、変われなさも知っている後輩。
そんな後輩にあなたは「これからの一週間」を言い当てられます。
別れの直前、優しさと執着の境界線を越えた後輩に、未来の自分まで捕まえられるお話しです。
後輩は、貴方が新しい街へ行くこと、そして「これを機に距離を置こう」と告げたことを、静かに受け入れます。
五年分の観察で、貴方の習慣も、逃げ方も、変われなさも知っている後輩。
そんな後輩にあなたは「これからの一週間」を言い当てられます。
別れの直前、優しさと執着の境界線を越えた後輩に、未来の自分まで捕まえられるお話しです。
本編
……ねえ、先輩。
これで、最後のダンボールですね。
意外と少ない荷物。
先輩の部屋、もともと物少なかったですもんね。
……外、もう暗くなってる。
業者、明日の朝、何時って言ってましたっけ。
……ふふ。
忘れてる顔。
たぶん八時ですよ。
朝、弱いのに、よく決めましたね、その時間。
……あ、これ。
シンク下から出てきた、未開封のラップ。
三本セットのやつ。
……半年前。
コンビニで買ってましたよね。
私もあの日、たまたま同じコンビニにいたから、覚えてます。
先輩、料理しないのに、なんでラップ買うんだろうって、不思議でしたけど。
……ふふ。
持っていかないんですか、これ。
向こうでも、要るでしょうに。
……あ、そう。
新しいの、向こうで買うつもり。
うん。
そういう人ですよね、先輩。
物を、一回、ぶつ切りにする。
持って行かない。
新しい街に行くなら、新しい全部を、揃え直す。
……だから、私のことも、一緒なんですよね。
……ちゃんと聞きましたよ。
さっき先輩が言ったこと。
「これを機に、距離を置こう」って。
「もう連絡しない方が、お互いのためだ」って。
頷きました。
分かりました、って言いました。
私、引きずらないんで。
先輩のそういうやり方、知ってますから。
……だから、いいですよ。
明日の朝、新幹線、乗ってください。
向こうの街で、新しい仕事して、新しい人間関係を作って。
……ね、ただ。
最後に、一個だけ。
聞いてもらえますか。
……ふふ。
身構えないでください。
お願いとか、引き留めとかじゃないですから。
ただの、答え合わせです。
先輩が、「もう関係ない」を、ちゃんと信じきれるかの、答え合わせ。
……いいですか。
先輩、新しい部屋に着いて、最初の三日。
ダンボール、開けないです。
これ、決まってます。
四年前の、最初の引越しの時、そうでした。
二年前の転居の時も、そう。
「明日やればいい」って言って、結局、最初の休みの日まで、放置する。
四日目の朝。
シャンプー切れに気づきます。
最後に使ったの、引越し前の朝。
向こうでまだ買ってないこと、その時に気づく。
で、近所のコンビニ行って、間に合わせのを買う。
いつもより高い、小さいボトルの。
それを、一週間、騙し騙し使う。
……今、ちょっと、目逸らしましたね。
当たってる、ってことですよね。
四年前も、私、見てました。
シャンプーの小さいボトルが、台所に置きっぱなしになってたの。
「お風呂場に持っていくの忘れた」って、笑ってましたけど。
あれ、笑ってましたけど、ほんとは違いますよね。
切れる予感は、前の週から何回も、頭の中、よぎってたはずです。
それを、放置した。
そういう、いつものことです。
……続けます。
一週間目の金曜日。
先輩、お酒、買います。
向こうのスーパーで。
銘柄、変えないです。
こっちで飲んでた、あの黒いラベルの缶。
四本パック。
その夜のうちに、一本目、開けます。
……ふふ。
これ、私の予想ですよ?
でも、たぶん、当たります。
だって、先輩、変化、苦手だから。
新しい街でお酒の銘柄まで変えたら、自分が分からなくなる。
だからお酒は変えない。
そういう、最低限のお守り。
私、先輩のそういうところ、好きでしたよ。
……今でも、好きです。
変わってないので、まだ、好き、って言える。
……あ。
そうですか、これ以上は聞きたくない、ってことですよね。
……ふぅん。
いいですよ、聞きたくないなら。
ここで、やめます。
……ね、先輩。
今、私が話してたの。
先輩の、これからの一週間です。
私が、いないはずの一週間。
それを、私、こんなに具体的に、話せました。
シャンプーのボトルの大きさまで。
お酒の缶の本数まで。
……これ、なんでだと思います?
五年です。
先輩のこと、五年、見てました。
五年分の、習慣の積み重ね。
新しい街に行ったって、変わらないんですよ。
人間って、そんなに簡単に変わる生き物じゃない。
先輩が、「リセットした自分」を生きてるつもりになっても。
シンク下のラップは買い忘れるし、シャンプーは切らすし、金曜の夜は、いつもの缶を開ける。
私がぜんぶ知ってる先輩を、そのまま、続けるんです。
私の見えないところで。
……ふふ。
怖い、って顔。
……あ、ごめんなさい。
私、今、声、ちょっと、嗄れてますね。
さっきまで、別の部屋で、片付け手伝ってて。
埃、いっぱい吸ったから。
……喉、変な感じです。
別に、追いかけないですよ。
新幹線にも乗らないし、新しい住所も聞きません。
先輩の言う通り、ちゃんと「もう連絡しない」を、守ります。
ただ、私の頭の中で、続くだけ。
私の頭の中の先輩は、向こうの部屋にいて、ダンボールを開けるのが面倒で、シャンプーを切らして、金曜の夜、缶ビールを開ける。
私の頭の中の先輩は、たぶん、本物の先輩と、九割同じ動きをします。
九割。
それくらいの精度で、私、先輩のこと、知ってますから。
……だから、いいんですよ、先輩。
新幹線、乗ってください。
向こうの街で、新しい仕事して、新しい人間関係を作って、新しい自分になってください。
それは、止めません。
ただ、その「新しい自分」は、いつでも、私の頭の中の先輩と、照らし合わせられます。
ズレた時、私、ちゃんと気づきますから。
……気づいた時、何が起きるかは、まだ分かんないですけど。
ただ、気づくのは、確かです。
私が連絡しないのは、約束を守るからじゃないです。
連絡しなくても、先輩のこと、ぜんぶ、知れてるからです。
……だから、動いていいですよ、先輩。
動いた先のことなら、ぜんぶ、知ってますから。
……ね。
これ、運びますか、玄関まで。
最後のダンボール。
……あ。
先輩。
今、ちゃんと、私の顔、見ましたか。
これが、最後ですから。
……私は見送りません。
家で、先輩の一週間目を、考えてます。
……シャンプー、忘れないでくださいね。
向こうに着いたら、最初に買って。
……ふふ。
そしたら、私の予想、外せますから。
……外せたら、先輩、自由ですよ。
……ね。
じゃあ、行きますか。
これで、最後のダンボールですね。
意外と少ない荷物。
先輩の部屋、もともと物少なかったですもんね。
……外、もう暗くなってる。
業者、明日の朝、何時って言ってましたっけ。
……ふふ。
忘れてる顔。
たぶん八時ですよ。
朝、弱いのに、よく決めましたね、その時間。
……あ、これ。
シンク下から出てきた、未開封のラップ。
三本セットのやつ。
……半年前。
コンビニで買ってましたよね。
私もあの日、たまたま同じコンビニにいたから、覚えてます。
先輩、料理しないのに、なんでラップ買うんだろうって、不思議でしたけど。
……ふふ。
持っていかないんですか、これ。
向こうでも、要るでしょうに。
……あ、そう。
新しいの、向こうで買うつもり。
うん。
そういう人ですよね、先輩。
物を、一回、ぶつ切りにする。
持って行かない。
新しい街に行くなら、新しい全部を、揃え直す。
……だから、私のことも、一緒なんですよね。
……ちゃんと聞きましたよ。
さっき先輩が言ったこと。
「これを機に、距離を置こう」って。
「もう連絡しない方が、お互いのためだ」って。
頷きました。
分かりました、って言いました。
私、引きずらないんで。
先輩のそういうやり方、知ってますから。
……だから、いいですよ。
明日の朝、新幹線、乗ってください。
向こうの街で、新しい仕事して、新しい人間関係を作って。
……ね、ただ。
最後に、一個だけ。
聞いてもらえますか。
……ふふ。
身構えないでください。
お願いとか、引き留めとかじゃないですから。
ただの、答え合わせです。
先輩が、「もう関係ない」を、ちゃんと信じきれるかの、答え合わせ。
……いいですか。
先輩、新しい部屋に着いて、最初の三日。
ダンボール、開けないです。
これ、決まってます。
四年前の、最初の引越しの時、そうでした。
二年前の転居の時も、そう。
「明日やればいい」って言って、結局、最初の休みの日まで、放置する。
四日目の朝。
シャンプー切れに気づきます。
最後に使ったの、引越し前の朝。
向こうでまだ買ってないこと、その時に気づく。
で、近所のコンビニ行って、間に合わせのを買う。
いつもより高い、小さいボトルの。
それを、一週間、騙し騙し使う。
……今、ちょっと、目逸らしましたね。
当たってる、ってことですよね。
四年前も、私、見てました。
シャンプーの小さいボトルが、台所に置きっぱなしになってたの。
「お風呂場に持っていくの忘れた」って、笑ってましたけど。
あれ、笑ってましたけど、ほんとは違いますよね。
切れる予感は、前の週から何回も、頭の中、よぎってたはずです。
それを、放置した。
そういう、いつものことです。
……続けます。
一週間目の金曜日。
先輩、お酒、買います。
向こうのスーパーで。
銘柄、変えないです。
こっちで飲んでた、あの黒いラベルの缶。
四本パック。
その夜のうちに、一本目、開けます。
……ふふ。
これ、私の予想ですよ?
でも、たぶん、当たります。
だって、先輩、変化、苦手だから。
新しい街でお酒の銘柄まで変えたら、自分が分からなくなる。
だからお酒は変えない。
そういう、最低限のお守り。
私、先輩のそういうところ、好きでしたよ。
……今でも、好きです。
変わってないので、まだ、好き、って言える。
……あ。
そうですか、これ以上は聞きたくない、ってことですよね。
……ふぅん。
いいですよ、聞きたくないなら。
ここで、やめます。
……ね、先輩。
今、私が話してたの。
先輩の、これからの一週間です。
私が、いないはずの一週間。
それを、私、こんなに具体的に、話せました。
シャンプーのボトルの大きさまで。
お酒の缶の本数まで。
……これ、なんでだと思います?
五年です。
先輩のこと、五年、見てました。
五年分の、習慣の積み重ね。
新しい街に行ったって、変わらないんですよ。
人間って、そんなに簡単に変わる生き物じゃない。
先輩が、「リセットした自分」を生きてるつもりになっても。
シンク下のラップは買い忘れるし、シャンプーは切らすし、金曜の夜は、いつもの缶を開ける。
私がぜんぶ知ってる先輩を、そのまま、続けるんです。
私の見えないところで。
……ふふ。
怖い、って顔。
……あ、ごめんなさい。
私、今、声、ちょっと、嗄れてますね。
さっきまで、別の部屋で、片付け手伝ってて。
埃、いっぱい吸ったから。
……喉、変な感じです。
別に、追いかけないですよ。
新幹線にも乗らないし、新しい住所も聞きません。
先輩の言う通り、ちゃんと「もう連絡しない」を、守ります。
ただ、私の頭の中で、続くだけ。
私の頭の中の先輩は、向こうの部屋にいて、ダンボールを開けるのが面倒で、シャンプーを切らして、金曜の夜、缶ビールを開ける。
私の頭の中の先輩は、たぶん、本物の先輩と、九割同じ動きをします。
九割。
それくらいの精度で、私、先輩のこと、知ってますから。
……だから、いいんですよ、先輩。
新幹線、乗ってください。
向こうの街で、新しい仕事して、新しい人間関係を作って、新しい自分になってください。
それは、止めません。
ただ、その「新しい自分」は、いつでも、私の頭の中の先輩と、照らし合わせられます。
ズレた時、私、ちゃんと気づきますから。
……気づいた時、何が起きるかは、まだ分かんないですけど。
ただ、気づくのは、確かです。
私が連絡しないのは、約束を守るからじゃないです。
連絡しなくても、先輩のこと、ぜんぶ、知れてるからです。
……だから、動いていいですよ、先輩。
動いた先のことなら、ぜんぶ、知ってますから。
……ね。
これ、運びますか、玄関まで。
最後のダンボール。
……あ。
先輩。
今、ちゃんと、私の顔、見ましたか。
これが、最後ですから。
……私は見送りません。
家で、先輩の一週間目を、考えてます。
……シャンプー、忘れないでくださいね。
向こうに着いたら、最初に買って。
……ふふ。
そしたら、私の予想、外せますから。
……外せたら、先輩、自由ですよ。
……ね。
じゃあ、行きますか。
クレジット
ライター情報
デカダンスでメランコリーなお話しが好きです。
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